「私はなぜ私か?」「赤は本当に赤か?」

ということでこのブログでは珍しい哲学・・。
NHK「爆問学問」で、今日みかけたのは哲学の話。根本命題とされる「私はなぜ私か」

同じようなことを昔からよく思ってたり・・つい見入ってしまいました。

なぜ私は私で、他人ではないのか・・。科学や医学的には割と簡単に説明できますが、今回はもっと根源的なもの。”大前提としてなぜ私は私なのか”ということです(ん・・うまく説明できない(笑)

こんないろんな議論が出てきました。
●自分が存在しなければ、人類も地球も宇宙もわからない
●赤色は、他人にとって本当に赤色なのか?自分にとっての青色が実は他人にとっての赤色ではないのかとか・・
●科学は言語にて媒介され、根本の本質的な部分は追求されていない。(未だ全容がつかめない”意識”の問題も似ている)
●他人の死は単なる世界の一出来事だが、自分の死は世界そのものが無くなる事と同じ(自分の死を認識した人は未だかつていない)
●自分以外は全て森羅万象、バーチャルな出来事ではないか。証明しようがない

色の問題は茂木教授の”クオリア”にも通じますね。
・・・なぜ赤は”赤”と感じるのかということ。赤の”色感”というか、
メジャーコードは明るく、マイナーコードは悲しく聞こえるのは何故か・・。



宇宙と人間の関わりもよく大学のときとか友人と話していました(笑)そういう授業があった(倫理)

●ある条件がそろうと生命が誕生するのは何故か、単なる自然現象なのか・・
●生命が自然現象とすれば、意識・意思や主体的なものを持っているのは何故か
●生命がいないと宇宙そのものを「認識」できない
●例えば星も生命とか、人間の想像を超える”生命”があるかもしれない。星から見れば、逆に人間が物質的に見られているとか


あまり考えすぎると夜も寝れなくなるのでこのくらいに(笑)

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